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いじめ自殺の加害者の責任~大津いじめ訴訟を踏まえ~

【大津いじめ最高裁判決とその報道内容など】

大津市で2011年に中学2年生の生徒が自殺したのは元同級生らによるいじめが原因だとし、遺族が元同級生らに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は2021年1月25日までに上告を退ける決定をし、二審判決が確定しました。

本件は社会的にも非常に注目を浴びた事件で、2013年のいじめ防止対策推進法施行の契機にもなりました。

一審二審では詳細ないじめ行為を認定し、加害者に自殺についての責任を認めています。その上で、二審では被害者側の家庭環境などを理由として過失相殺の規定の適用及び類推適用により賠償額の4割を減額しました。

本件に関し、報道では、「最高裁がいじめにより自殺したことの損害を通常の損害だと認めた画期的判決」という趣旨の扱われ方をしています。

今回は、かかる大津いじめ事件の報道について、「いじめにより死亡したことの責任を加害者が負うことは当然ではないのか。」との疑問を頂いたのでそれに答えたいと思います。

【通常損害と特別損害】

まず、本件を問わず、いじめという加害行為により、被害者に損害が生じれば、いじめにより「通常生じる損害」(=通常損害といいます)について、被害者は加害者に損害賠償を請求できます。

*通常損害の例;いじめによりケガをしたことの治療費

他方で、いじめという加害行為の結果、被害者に損害が生じたものの、通常生じる損害を超えた「特別の事情により生じた損害」(=特別損害といいます)について、被害者は、当然には加害者に損害賠償を請求できません。

特別損害については、加害者に、かかる特別損害が生じることの予見可能性があれば請求ができるにとどまり、通常損害と異なり被害者による賠償請求が困難になります。

*特別損害の例;いじめによりケガをしたので病院に行ったところ、医者が医療ミスをしたため、余計な治療費がかかった

以上のような通常損害と特別損害の概念を踏まえ、「いじめにより自殺したことの損害が通常損害と認められるのか?」を検討することとなります。

言い換えるといじめにより自殺することは通常生じることなのか、それとも特別な事情により生じたことであり、自殺について加害者側に具体的な予見可能性がないと賠償請求ができないのかという問題です。

【いじめによる自殺は通常損害か?】

いじめによる自殺が通常損害と認められるか否かはいじめの態様や、社会通念により判断が分かれるものといえます。

すなわち、いじめの態様は千差万別であるところ、ちょっといじめたらすぐに自殺に至るとも言い切れません。

そのため、加害者としては、いじめがあったとしても自殺に至るとは当然には言えない(=特別損害である)と反論をしてきます(当然、そもそもいじめはなかったとか、単なる遊びではありいじめではなかったとかという反論も別途、あり得ます。)。

また、いじめの態様そのものとは別に、いじめに対する社会の受け止め方やいじめと自殺の関係については時代の中で研究や対応が進んできました。

そのため、時代と共に、「どの程度のいじめがあれば通常、自殺に至ることがあると言えるのか。」という考え方や社会通念が変化してきたといえるのです。

そうすると、いじめが通常損害か否かをどう判断するのか非常に困難な問題に直面することとなります。

その結果、いじめによる自殺という損害は常に「通常損害」と認められるとは言い切れないのです。

【本件での判断】

このような難しい問題を踏まえ、本件高裁判決では、いじめ行為の内容をかなり詳細に分析、認定し、このようないじめ行為が被害者による自殺を誘引したとの事実的因果関係(=いじめがあったからこそ自殺に至ったという条件関係に相当するもの)を肯定した上で、自殺にかかる損害もまたいじめ行為により通常生ずべき損害(=通常損害)であると認定しました。

高裁判決で通常損害と認定するに際しては、いじめにより自殺に至る可能性があることが学術的にも一般的知見として確立し、社会一般にも広く認知されていることや、これらを踏まえた行政の対策などに照らすと、本件各いじめ行為を受けた中学二年生の生徒が自殺に及ぶことは本件各いじめ行為の当時、何ら意外なことではなく、社会通念に照らしても一般的にあり得ることだとしています。

ここで注意したいのは、本件のいじめの行為態様に照らせば、一般的に中学二年の生徒が自殺に至ることがあり得るかどうかを社会通念に照らして判断している点です。

要するに、先に述べた通常損害と認められるかどうかは、加害者基準で判断するのではなく、社会通念に照らして判断すべき事情ということです。

こうして一審二審ともにいじめと自殺による損害の因果関係を肯定し、加害者の賠償責任を認めました。

最高裁においても高裁判決での判断を覆すことがなく、結果、高裁の結論が維持されています。

【まとめ】

いじめによる自殺についてどのような場合に加害者にその責任が問えるのか、長年、多くの裁判で争いがありました。以前は、自殺行為に対する予見可能性の有無という判断枠組みで構成されるものも多かったようですが、今回の大津いじめ事件ではそのような判断枠組みによらず、いじめによる自殺という損害が「通常損害」か否かを判断するという構成によっています。

その理由としては、上記のようにいじめによる自殺の研究や対策、これらを通じた社会通念の変化、また何よりもこの度のいじめの具体的態様の悪質さによるものと思います。

要は、これだけ悪質ないじめである以上、自殺に至ることは社会通念に照らし十分あり得ることだとの共有認識が社会内で成り立つという観点に基づく判断だと言えます。その意味で、最高裁がいじめによる自殺を通常損害と認めた点は評価に値すると思います。

他方で、損害認定の中で加害者側の家庭環境などを理由として大幅な減額をした点については本稿では論じませんが、十分に検討が必要な課題かと思います。

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